サラダバーで結納

本当によくあるブログ。作品の感想や思ったことを書いているブログ。

発達障害なので人生にやる気がでない

発達障害という障害を持っていると、人生はかなり制限される。

それは障害の特性上の制限はもちろんのこと、社会制度的な制限も多々ある。

たとえば、働くとしても障害者雇用でしか働けない。

そうなると給料は相当少ない。

障害者であるがゆえにキャリアアップからは無縁なので、給料が将来上がると言った可能性も皆無。

一生底辺が確定している。

障害を持っているがゆえに底辺が確定しているのだ。

底辺が確定しているがゆえに、努力をする気になどなれない。

何を頑張ったところで底辺が確定している。

頑張っても底辺だし、頑張らなくても底辺だ。

ならば、頑張らないほうがいい。

やる気を出す理由がない。

人生にやる気を出す理由がないのだ。

 

 

 

発達障害なので社会に参加するのをやめることにした

社会から疎まれる存在である発達障害者。

疎まれるぐらいならこちらから拒否することにした。

私は社会に参加しない。

社会から拒否されるならば、こちらからも拒否しようと思う。

それでいいじゃないか。

発達障害者が社会に不参加でも何も問題ない。

むしろ無理に参加しようとするからよろしくない。

 疎まれる存在なのだから、参加しないほうがいいといえる。

 

社会に受け皿はない。だから無理に参加しない。

社会に期待しない。

だから、こちらから拒否する。

社会に不参加で生きていく。世捨て人となる。

誰も文句は言わない。

それでいいだろう。

 

 

ある世捨て人の物語: 誰にも知られず森で27年間暮らした男

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世捨て人のすすめ

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出生前診断で発達障害かどうかわかったらどうなるんだろう。

自分は発達障害当事者。

なので、もし子供を作ったら発達障害の子供ができる可能性が高い。

だから、子供は作らないことにしている。

発達障害当事者だけれども、発達障害の人間を増やしたいと思わないというのが本音。

発達障害は少ないほうがいいと思っている。

だからといって、今生きている自分を排除の対象とされるのには我慢ならない。

今生きている発達障害の人は排除しないでほしい。でも、新たに生まれる発達障害は少ない方が良いと思っている。

 

発達障害を排除するな!と主張するなら、新たに生まれる発達障害者も排除してはいけないことになる。

だが、新たに生まれる発達障害者は少ないほうがいいと思っているので、排除していることになる。

矛盾している。

 

 

ここでタイトルにある本題に入る。

もし、出生前診断発達障害かどうかわかったら、人々はどうするのか。

育てにくいのはもちろん、社会の受け皿が貧弱な現代では発達障害児を育てるのはリスクが高い。

だから中絶するだろう。

そして私も自分の子供が発達障害なら中絶を選ぶだろう。

発達障害の生きづらさを知っているから、自分の子供に生きづらい人生を歩んでほしくはない。

自分が発達障害当事者であっても、自分の子供には障害のない健康な子供であってほしい。

矛盾していたとしてもそれが本音なのだ。

 

 

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出生前診断 (ちくま新書)

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