読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

サラダバーで結納

本当によくあるブログ。作品の感想や思ったことを書いているブログ。

「希望の国のエクソダス」を、中学生の時に読まなくてよかった。

小説

80万人の中学生が集団不登校を開始。そんな日本で何が起こるのか。

読み始める前はそんなことを考えていたと思う。

大人と中学生が積極的にぶつかり合うのだと考えていたと思う。

でも、違った。そういったエネルギッシュな内容ではなかった。

たしかに、序盤で集団不登校した生徒が学校につめかけて教師を脅して、最後に尻にボウガンの矢を打つ場面はあるが、それ以降はこれといってぶつかることなどなかった。

 

不登校を開始した元中学生はASUNAROというネットワークを作り、そこでビジネスを開始した。

それがうまくいき、金をどんどん集めていき、最後は北海道に集団移住する。

その間、大人達は何かしたのかといえば、何もしない。というより、何もできなかった。

大人側はどうしたらいいのかわからなかったのだろう。

その間にも、経済は低迷し、失業率は上昇していった。

何もできない大人達が、何もできないまま、放置した。

 

ASUNAROの代表であるポンちゃんが国会で演説した「この国にはなんでもある。本当にいろんなものがあります。ただ、希望だけがない」という発言。

バブルの反省にしか使われてこなかった時間を生きてきた元中学生達にとって、日本の認識はそういうものだった。

だから、元中学生達は昔から変わらない学校の教育は必要ないと考え、不登校になり自分たちで考えて行動しはじめたのだろう。

とにかく、ASUNAROは自分たちのやれること、必要だと思うことを着実に実行した。

大人たちがなにもできないでいる間、ASUNAROはやれることをやっていったのだった。

 

 

この本が出版されたのは2000年の7月。私がちょうど、中学1年生の時だ。

当時の私は、ここに出てくる元中学生のようなことは一切思っておらず、ただ毎日をバカのように楽しんでいたにすぎない。

バブル崩壊後の日本という言葉は何度も聞いたし、今は景気がよくないということも聞いていた。

だからといって、それがなんなのかさっぱりわかっていなかったし、問題だとも思っていなかった。希望がないとも思っていなかった。そもそも、希望がなんなのか考えたこともなかった。難しい話は苦手だった。

 

でも、それから一年後、インターネットに触れるようになってから激的に変わった。

無知な自分が、まったく誰からも教わることなく独学でインターネットの世界に触れるわけだ。

やれることなどほとんどないが、少しずつ知識を増やしていった。

自分のホームページを立ち上げたりいろんなことをやった。

学校の勉強が疎かになり始めたのは、この頃からだったと思う。

そして、もしその時この本を読んでいたら私は間違いなく不登校になっただろう。

学校の勉強に意味が無いと早々に結論づけて、一日中パソコンに触る日々になっていただろう。

幸いなのかどうかわからないが、私は1年に1冊本を読むか読まないか程度の人間だったので、この本に出会うこともなかった。

その後年をとるにつれ、日本について絶望していったのは言うまでもないが。

 

中学生だった頃から10年以上経った今現在。

バブルの反省は終わりを見せ始め、アベノミクスにより景気がよくなっている印象だ。

何もできなかった大人達はいなくなったのだと楽観したい。

だが、未だに希望の国エクソダスにある理想郷のような社会には憧れる。

未だに私には希望がないからかもしれない。

 

 

希望の国のエクソダス (文春文庫)

希望の国のエクソダス (文春文庫)

 
『希望の国のエクソダス』取材ノート

『希望の国のエクソダス』取材ノート