サラダバーで結納

本当によくあるブログ。作品の感想や思ったことを書いているブログ。

「サブリミナル・マインド」 を、とにかく読んで欲しい

下條信輔の「サブリミナル・マインド」は、脳について書かれた本だ。

脳トレなどの脳を若返らせるといったライフハック的な内容は一切書かれていない。

脳の潜在意識についての実験の結果を紹介している本だ。

認知的不協和理論、帰属理論、情動二要因理論、逆偽薬効果などの数多くの理論が紹介されている。

 

この本を読む前と読んだ後では、自分の意識というものへの考え方が一気に変わるだろう。

とくに無意識や潜在意識について知らない人なら、目からウロコな現象の連続に度肝を抜かれるだろう。

半側無視という症状がある。

例えば左半側無視の場合は、左側をすべて無視する。というか認識できない。

時計の絵を描かせても左側(7時から11時)を描かなかったりする症状のことだ。

こういった人達は左側を意図して描かないのではなく、まったく認識していないのだ。

ここで本から患者と医者の会話を引用する。

「自分がどこにいるか、わかる?」

「病院」

「なぜ、病院に?」

「どこか、悪いところがあるから」

「どこが悪いの?」

「・・・・・・・」

「左腕は大丈夫?」

「はい」

「では、左手を出してごらん」

「はい」(しかし実際には、何も動かさない)

「どこ?」

「ほら、目の前に」

(検査者はここで、人差し指を患者の健常側〈右〉視野に出す)

「この指を左手で掴んでごらん?・・・・・左腕が全然動かないね?」

「(ためらった後に)考えてから動かすまでに時間がかかるんです。もう少し時間さえくれれば・・・」

「でも右手なら即座に動かせるでしょう? きっと左手は動かせないのでは?」

「大丈夫、動かせます。ただ・・・ときどき非論理的な反応が行動に現れるんです。ときにはうまくいき、ときにはうまくいかない・・・」

(検査者は患者の左手を、患者の見える右視野に置く)

「これは、誰の手?」

「先生の手」

(検査者は患者の左手をはさむような位置に、自分の両手を置く)

「誰の手?」

「先生の」

「手はいくつある?」

「三つ」

「手が三つある人なんて、見たことある?」

「手は腕の延長でしょ。先生は三本腕があるから手も三つじゃなきゃおかしい」

(検査者は自分の手を患者の右視野に置く)

「左手を、私の手に重ねるように置いて」

「はい」

「どこ? 私には見えないし、あなたにだって見えないだろう!」

「(長いことためらってから)でもね、先生。私の手が動かないということは、きっと私が手を挙げたくないからじゃないかな。こんなこというと驚くかもしれないけど、とても奇妙な現象が起こるんですよ。手を動かすという動作を避けていさえすれば、(そうでなくてはできない)その動作ができるような気がする。手を動かさないのはそのせい。もちろん非論理的で気味の悪い話だってことはわかってる。でもこの不可思議さは私の手には反する、だって私の手はとても合理的だから。私の話で先生が退屈しないといいんだけど・・・私の一見おかしな話でね」

 

こうまでして自分の左手が動かないという症状を否定するのは、頑固だから認めないといった意識レベルの話ではなく、フロイト的な抑圧して忘れているわけでもないらしい。

脳が誤った情報を流している、もしくは自ら誤った解釈を作り出しているとしか考えられないとのこと。

 

実に不可思議な現象だ。

こういったことを読んで、あなたは自分の意識に自信が持てるだろうか?

自分は健常者だから、何もかも正常であると自信が持てるだろうか?

感情ひとつとっても自分の意識がすべてを決めていると自信が持てるだろうか?

この本を読めば、きっとその自信はなくなるだろう。