サラダバーで結納

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ショーペンハウアー「幸福について 人生論」

幸福ってのはものすごく楽しいとか面白いとか、とにかく最高! みたいな瞬間を言うのかなぁとずっと思っていたわけです。

そう考えていたので自分にとって幸福は関係ないもので求めても無駄なことだと思っていました。

ですが、エピクロスの幸福論を知ったときにその固定概念はありがたいことに崩壊したわけです。

心の平穏こそが幸福であるというエピクロスの幸福の定義にしびれたのです。

そこから私の幸福論に対する興味が発生しました。

 

まず手始めに読んだのが↓

幸福について―人生論 (新潮文庫)

幸福について―人生論 (新潮文庫)

 

 人のあり方、人が有するもの、人の印象の与え方の3つを考察し、人の幸福に直接関与するのは「人のあり方」だけだと言い切る。

 

財産がすごいあるとか、他人からの評価とかは所詮間接的なものであって、直接的なのは自分の人柄とか持っている性質なのだと説く。

まず何よりも「心の朗らかさ」が一番で、それのためには健康でなければならないので運動が必要だという。

これに関しては今更いう必要もないことで、運動が脳にいいのはもちろんのこと精神的な病気にも運動が効くのは現代において誰もが知っていることだろう。

 

 

人間の幸福に対して2つの敵があり、それは「苦痛」と「退屈」であると説く。

乏しかったり困っていたりすると苦痛で、安心や余裕があると退屈が生じる。

とくに内面が空っぽの人間は、退屈になると刺激を外部にばかり求めるので、社交やら旅行やらに走る。

そいつらはただ時間を過ごしているだけ。

精神的に豊ならばそんなものには興味を持たずに時間を活かす。

人のあり方として幸福なのは、もちろん後者だと主張する。

どうやらショーペンハウアーが言う幸福は外部に享楽を求めることをよしとしないようだ。

むしろ愚者と社交するぐらいだったら孤独になったほうがいいと言うのだ。

 

他にも、「賢者は快楽を求めず、苦痛なきを求める」や「人生の快感や享楽に注目せず、できるだけ人生の多数の災厄をのがれることに注目すべし」などの言葉がある。

私が人生に求めていたのはこれだったのだ。

友人と話してつまらない時間を過ごすぐらいなら、誰とも遊ばないほうがいいと思っていた。

最高に楽しい体験よりも、苦痛のない日々のほうがほしいと思っていた。

どうやらそれでいいらしい。

 

 

 

孤独のグルメ 【新装版】

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