サラダバーで結納

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「国家の罠」

鈴木宗男事件に絡む背任容疑で起訴され逮捕された佐藤優

最近では月に1冊は必ず本を出版しているといってもいいほどハイペースで本がでている佐藤優

そんな佐藤優が書いたこの本は「国策捜査」というものがどういうものなのか語った本である。

国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫)

国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫)

 

 逮捕されるまでの経緯や取り調べなどが詳細に書かれているのだが、その辺の小説なんか比べ物にならないぐらい面白い。

相手の出方をみつつどれだけ情報をだせばいいのか。相手は取り調べでなにが知りたいのか。妥協点はどこか。

佐藤優が何を考えて、どう行動したのか。その経緯が凄まじく面白い。

 

 

佐藤優の取り調べを担当した検察官の西村と「国策捜査」とは何かについて話している第五章。

そもそも「国策捜査」は何のために行われるのか。

西村は「時代のけじめ」だという。

「時代を転換するために、何か象徴的な事件を作り出して、それを断罪する」。

そのために「国策捜査」があるのだと。

そして、「国策捜査」を適用する基準は一般国民にあるという。

一般国民の感覚で適用基準を決めているというのだ。

要するに一般国民が許せないと思うかどうかということだろう。

 

 

個人的に国策捜査と言われるもので印象に残っているのはホリエモンライブドア事件 ろうか。

ホリエモンがメディアにでてきて「人の心は金で買える」と言い、企業を買収して、フジテレビまで手に入れようとした。

この行為が世間の反感を勝ったため、国策捜査に至ったともいえなくもないだろう。

これによって「時代のけじめ」が付けられたとするならば、一体それはなんだったのだろうか。

 

 

もう一つ私が国策捜査だと思うものがある。

それは「クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件」である。

詳細はwikipediaにでも任せるとしよう。

 

この事件が起きたのは2008年11月頃である。

サブプライムローンから始まった世界規模の経済危機でリーマン・ブラザーズが破綻に追い込まれた。

この時の世論は「マネーゲームはダメだ」というものだったはずだ。

となると、八田隆が起訴されたのはマネーゲームを断罪するためだったと言えるだろう。

ちなみに、八田隆は有罪率100%と言われた特捜との勝負で無罪を勝ち取っている。

勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか

勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか

 

 

 

国家の罠」の話に戻そう。

鈴木宗男事件が国策捜査であり、時代のけじめをつけるためのものだとしたら、一体なににけじめが必要だったのだろうか。

佐藤優は「ケインズ型からハイエク型」への変更と、「国際協調的愛国主義から排外主義的ナショナリズム」への変更の2つではないかと主張する。

ハイエク型で目指したのは「小さな政府」や、官から民への権限移譲などハイエク新自由主義であり、経済的に強いものがもっと強くなれば社会がよくなるというものである。

小泉時代規制緩和路線や日本郵便の民営化もこの流れといえるだろう。

この結果でてきたのがホリエモンみたいな人間で、今度はその人間を懲らしめたのだから国策捜査が時代によってターゲットがコロコロ変わるものだというのがよくわかる。

 

排外主義的ナショナリズムが始まったのがいつからなのかはわからないが、もし鈴木宗男事件で排外主義的ナショナリズムにしたかったのであれば、それはなぜなのだろうか。

そこはよくわからないし、国益に結びつくのかもよくわからない。

 

そして、第五章の終盤での佐藤優と西村の会話が印象的だ。

「西村さん、この国策捜査は結局のところ何のために必要だったのだろうか」

西村氏はしばらく沈黙した後に答えた。

「正直に言うけれどもわからない」

 

国策捜査は時代のけじめ」である。

検察官の西村がそう言うのだから、そういうものなのだろう。

だが、結局この鈴木宗男事件で行われた国策捜査は何だったのかわからない。

 

獄中記 (岩波現代文庫)

獄中記 (岩波現代文庫)

 

 

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