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サラダバーで結納

本当によくあるブログ。作品の感想や思ったことを書いているブログ。

「感じない男」 射精なんざ小便と同じレベル

この本は「男は感じていないんじゃないのか」ということが書かれた本である。

著者の主張は「射精の快感って大したことない」である。

 

感じない男 (ちくま新書)

感じない男 (ちくま新書)

 

この本の特徴は主語が「私」であることだろう。

「男はこういうものだ」とは一切書かずに常に「私」で書いている。

一般化しないところが誠実であり、あけっぴろげに自分の性癖を語るところに清々しさを感じる。

 

最初の章では「なぜミニスカに欲情するのか」ということが書かれている。

著者は前々からミニスカに欲情していたのだが、ある時女装クラブに取材に行った際、ミニスカ姿の男の人を見ても欲情したのだ。

ミニスカ姿の女性に欲情すると思っていたのだが、男の人がミニスカ履いていても女性の足のように美しかったら欲情してしまう。

ほかにも、ミニスカだと思っていたらキュロットだったときに欲情が一気に冷めたときも、なぜキュロットだと欲情しないのか謎に思った。

そこから著者は自問自答し始める。

なぜ、ミニスカに欲情するのかと。

それはパンツが見えるか見えないかの差であり、そこに欲情していると著者は分析する。

しかも大事なのはミニスカとパンツであり、ミニスカのしたが女性器だったら欲情しないと著者は言う。

だから、女装した男性でもミニスカとパンツならば欲情するというのだ。

ミニスカを履いた女性が目の前にいるとイメージできれば、あとはなんでもいいのだ。

男だろうと女性だと思えればそれでいいし、しかも生身の人間でなくてもいいと言うのだ。

 

フェミニズムでは、ミニスカやハイヒールを履いた無防備な女性に対して感じる優越感や支配感覚が男を欲情させているというのだが、それだけでミニスカに欲情する自分を説明することはできないという。

 

 

ここまで読んだらミニスカに欲情するしないは関係なく、何かしらのフェチズムがある人間ならば、著者の主張が理解できると思う。

もちろん私もフェチズムを持っている人間であるわけだが、ここでわざわざ自分のフェチを公開する勇気はないのでかかない。

でも、著者の言いたいことはわかる。

 

 

第二章から本題の感じない男の話になっていく。

 そもそも射精ってそんなに気持ちいいか?ということである。

射精して感情が高ぶって泣く男がいるか? 腰が抜けたような感覚になって立てなくなる男がいるか? 頭が真っ白になる男がいるか? ろれつが回らなくなる男がいるか?

仮にセックスでそうなったとしても、それは射精に起因したものなのか?

女性にはそういう絶頂を感じる人がいるらしい。

だが、射精ではそんな絶頂は訪れない。

要するに射精なんざただの排泄行為でしかない。小便と同じじゃないかと。

そこから著者は一歩進める。

射精しても小便と同じ程度の快感しか得られないなんて不感症じゃないのか?というのである。

感じない男というのはそういうことだ。

 

そこから、感じないが故にセックスで絶頂を迎える女性への憎悪がでてきて、感じる女への復讐としてポルノの内容は女性を無理やり犯すといった内容や、快感に支配されている女性をつきまくるといった内容になっているのではないかと主張する。

 

 

 

この本を読むまで射精は気持ちいいものだと思っていたし、それに疑問をもったことはなかったが、確かにこの本で言われているようにろれつが回らなくなる絶頂などは感じたことがない。

この本を読んでからは射精の快感が割りとどうでもよくなった。

たまった時に軽く排泄しているだけといった感覚になった。

それがいいかわるいかはわからないが、そんなもんだと思うようになった。

そして、前立腺を刺激したがる男のことが少しだけ分かったような気がする。

僕自身はそこに手を出してはいないが、刺激したいと思う男の気持ちはわかるようになった。

射精より気持ちのいい快感がそこにあるかもしれないならば、試してみたくなる気持ちはわかる。

 

 

あとこの本では、ほかにも「なぜ制服に惹かれるのか」や「ロリコン男の心理に分け入る」などの章があり、これもまた著者が「私」を主語にして語っているので、気になる人は読んでみるのがいい。

 

決定版 感じない男 (ちくま文庫)

決定版 感じない男 (ちくま文庫)