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サラダバーで結納

本当によくあるブログ。作品の感想や思ったことを書いているブログ。

「人間は脳で食べている」

美味いとかまずいとか、食えるのか食えないのか、そういった判断は脳でやっている。当たり前のことですが。

人間は脳で食べている (ちくま新書)

人間は脳で食べている (ちくま新書)

 

 なによりも第一章が素晴らしい。

タイトルは「情報」は最高の調味料 というものだ。

一番最初の話題は、知らないオッサンが口をつけたコップでジュース飲むのを嫌がる人はいるけど、神社にあるだれが使ったかわからないひしゃくで口をすすぐのはなんとも思わない というもの。

宗教的な清浄感によって誰が使ったとか、野外に溜まっている水が汚いとかそういうことは思わない。

脳が考える汚いきれいってのはどうなっているのか?

 

他にも検尿コップでビールをおいしく飲めますか?という疑問を提示して、人々が求めているのは「清潔らしさ」であると主張している。

実に納得できる話である。

 

 

第二章は「おいしさの四本柱」が紹介される。

  1. 生理的な欲求に合致するものはおいしい
  2. 生まれ育った国や地域あるいは民族などの食文化に合致するものはおいしい
  3. 脳の報酬系を強く刺激してやみつきになる
  4. 情報がおいしさをリードする

 

とくに情報がおいしさをリードするのはブランドだろう。

コカ・コーラペプシコーラのどっちが美味しいか?という話は有名だ。

最初から飲み物の名前を知らせたうえで飲むと「コカ・コーラが美味しい」と答える人が多くて、隠した状態だとペプシコーラのほうを美味しいコーラとして選ぶ人が多いというやつだ。

これこそ情報が美味しさを左右する事例そのものだろう。

 

 

個人的に好きなところはラットを使った実験の部分である。

我々の実験では、ラットが選ぶビールの銘柄と、人間が極限近くまで大量に飲んだときにまだおいしく飲めるビールの銘柄とがほぼ完全に一致した。

ビールを大量に身体で飲むならば、ラットに聞けばおいしいのを知っている。

 他にも、ラットは必要なアミノ酸だけを優先して摂取して、余計な分は食べなかったりするらしい。

人間は今自分に足りていない栄養素なんかまったくわからないし、どれだけ食べればいいのかなんかわかりっこない。

そう考えるとラットはすごい。

 

 

あと、ラットが脂を好きになるには数日必要なのだという。

初日は恐る恐る食べ消化吸収され、高いカロリーを持つことが伝えられる。

二日目も同じことを繰り返し、脳にスペシャルな食べ物であることが登録され、やっとおいしいという快感を発生させる準備が整うのだ。

 

この話を聞いて、大昔の江戸ではマグロのトロはまずいものとして捨てられていた話を思い出した。

トロは油っこくて食えたもんじゃないといって捨てられていたらしいが、それは脂を美味しいものとして脳に登録していなかったからかもしれない。

 

 

この本を読んで個人的に一番しっくりきた部分を紹介してこの記事を終わらせよう。

 

ストレスによる緊張は身体を戦闘モードに切り替える。

そんなときは、何も食べても身体が受け付けないらしい。

食物を消化吸収する内蔵の活動は、脳によって一時休止を命じられていて、食べている場合ではないとのことだ。

無理をして食べても下痢してしまう。

そして、ストレスが強いと緊張して酒を飲んでも酔えない。

当然何を食べてもおいしくないのだ。

戦闘モード中というのは、何を食べたかさえも後で思い出せないこともある。

味覚や嗅覚は正常だが、おいしさや幸福感につながらない。

 

 

私は絶不調の時はまさにこれだった。

食欲自体がなく、食べてもおいしさを感じず、毎日下痢だった。

そして体重は今より10kgも少なかった。

今は標準と呼ばれる体重なので、当時はやせすぎだったのだ。

 

前々から「ストレスからの過食」というものがまったく理解できなかった。

ストレスあるのになんで食えるの?と不思議だった。

だが、やっとわかった。

強めのストレスくらったら食えなくなるから、自分がくらっていたストレスは強めだったんだと。

そしてストレスで太るやつは、本当にストレス感じてるのか?と思うようになったのは言うまでもない。

 

 

食べ物を変えれば脳が変わる (PHP新書)

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脳からストレスを消す食事 (ちくま新書)

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