サラダバーで結納

本当によくあるブログ。作品の感想や思ったことを書いているブログ。

「紫色のクオリア」 量子論使ってここまでふくらませるとは恐れいった!!

これだよ!これ!こういう作品を待っていたんだ!

 もうね、久しぶりにきたね、アイデア最高のフィクションが。

まず、人間がロボットにみえる「毬井ゆかり」ってのがいるんです。

で、機械なんざ治すのはお手の物でその特異な能力のせいで狙われるわけですよ。

で、波濤学って友達が攻撃されて左腕を負傷したわけですよ。

だから毬井ゆかりは携帯電話で左腕を治してあげたんです。

携帯電話を左腕に埋め込んで治してあげたんですよ。

毬井ゆかりにとって人間はロボットだから、おなじ機械である携帯電話で治せるわけですな。

 

 

普通物語は毬井ゆかりが基本となって人間を治したりなんだりしていくと思うでしょ?

でも、違うんです。

紫色のクオリアは毬井ゆかりの能力を使った話にはしないんです。

 

ここからジョウントという組織が毬井ゆかりをスカウトしにきて波濤学と別れるわけですな。

でも、毬井ゆかりはジョウントの実験中に死ぬんです。

だから波濤学はゆかりを助けるために動き出す。

死んだのに助けるとはどういうことかというと、波濤学の左腕は携帯電話でもあるので電話ができます。

そして、左腕になっている携帯電話の番号に、左腕の携帯電話を使って電話をかけます。

そうすると平行世界の波濤学につながるんです。

しかも毎回違う波濤学です。

要するに無限の平行世界にいる波濤学に電話がつながるわけです。

しかも他の世界で失敗した記憶は別の波濤学に引き継がれる。

 

そこからはじまるわけですな。

無限の平行世界の波濤学がゆかりを助けるために何度も何度もやり直すんですよ。

世界を何度も何度も。

 

で、平行世界やらを説明するのに量子論が使われるわけです。

多世界解釈とかコペンハーゲン解釈とか。

これをたくみに利用してですね、すべての世界は可能性でしかなく、波濤学という存在はいつしか記憶を受け継ぐことのできる存在として決定していて、過去がどうとか携帯電話がどうとかは関係ないって話になっていって。

で、記憶引き継いで子供になって、今度は魔法が使える平行世界の波濤学を探しだして、見つけたら全部の平行世界の波濤学が魔法使えるようになってって感じになっていきます。

ご都合主義と思うかもしれませんが、無限の平行世界があるんだから可能性も無限なので、僕の中では問題ないです。

だって、無限なんだから。

 

 

で、今度は波濤学である必要がないことになってですね。

自分の母親になってみたり他人になってみたりするわけですな。

もうココらへんまでくると量子論関係なくなってきますが、そんなことはどうでもいいんです。

そこまでやって波濤学が辿り着いた考えが大事なんです。

 

 

人間は宇宙を観測して波動を収縮させる存在と考えられていますが、そうではなく人間は宇宙の内部にいる存在なのだから宇宙の波動を収縮させてはいないんです。

すべての並行宇宙は確定していない。人間が観測しても確定していない。

宇宙を観測しきっている存在がいないから、ずっと確率のままであると。

そこで、波濤学は宇宙を観測して収縮させるためにアリスという数式が絵に見える特異な人間を使って宇宙の方程式である「万物の理論」を完成させます。

万物の理論を観測すること=宇宙を観測することとなり、それにより宇宙が確定する。

確率でしかなかった宇宙が確定することになった。

波濤学という人間が宇宙を観測する存在として消え去ったことで、観測に成功した。

 

で、物語はクライマックスへ向かいます。

まぁそれは読んでいただくということにしましょう。

 

 

 

というか、この記事の説明よんでも意味わからないと思いますよ。

そもそも量子論を理解すること自体が難しいのに、宇宙を観測することで確定するとか言われてもなんのこっちゃと思うでしょう。

だからこそ、この「紫色のクオリア」は面白いんです。

わっけがわからないし、ロジックに穴があるようなないような感じもするし、ご都合主義がありすぎるのも否定できません。

でも、それでいいんです。

量子論を使ってここまでのアイデアを積み上げられたこと自体に震えるわけです。

 

 

これがライトノベルだっていうんだからびっくりだよ。

ライトノベルって男と女が異世界でイチャコラするやつだろ?とか思ってたけど、こんな作品があるなら侮れないね。

びっくりしたわ。

SFとして評価されているのも納得だよ。

正直、ここ1,2年の間に読んだSFで一番面白かったわ。

 まぁ漫画版をよんだんですけどね。