サラダバーで結納

本当によくあるブログ。作品の感想や思ったことを書いているブログ。

「幸せになるために生まれてきた」ってのが気に食わない理由

「幸せになるために生まれてきた」という使い古された文章ありますよね。

それが気に食わないんですよ。

だってこれ、「生まれた時は幸せじゃない」って読み方もできるじゃないですか。

初期設定では幸せではなく、幸せは必ず後天的にしか獲得できません。

なので、幸せを獲得するために生きてくださいってことじゃないですか。

だったら「生まれた時から幸せの状態で産んでくれよ」といいたくなるわけです。

 

まぁ用意された幸せが本人にとって幸せかどうかは別なので、結局幸せは自分で獲得するしかないんですが、それにしても「幸せになるために生まれてきた」ってのはきにいらねぇなぁ。

「自分の幸せに気がつくのが人生」ぐらいな言い方のほうがしっくり来る。

それなら、生まれた時が幸せかどうかは関係ないから。

 

 

私が考える幸福ってのは「苦痛がない状態」のことなんです。

これはショーペンハウアーの「幸福について」って本に書かれていたことそのものなんですけども。

苦痛というのは現実であるから、それを避けることで幸福になるって考え方ですよ。

これが好きですね。

アリストテレスも「賢者は苦痛なきを求め、快楽を求めず」と言っているように、苦痛がないことが重要なんですよね。

ポジティブ思考の人にはこういうのないんだろうなぁ。

苦痛を苦痛と考えないようにするのがポジティブ思考だから。

 

 

幸福について―人生論 (新潮文庫)

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幸福論 (岩波文庫)

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