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サラダバーで結納

本当によくあるブログ。作品の感想や思ったことを書いているブログ。

若者は希望がないって話をよくききますなぁ。

私も20代後半のゆとり第一世代ですから、希望のなさとかそういうものはわからんでもないんです。

希望があるから嫌なことも我慢できるわけで、希望がないんだったら嫌なことなんかやりたくないんですよ。

夢も希望もないのに我慢だけはしろって言われても無理でしょ。

そりゃあ無理ですよ。

で、そういうのをいちいち説明するの省いて「面倒臭い」という一言で説明するんですよ。面倒臭いから。

ということで、今の若者というのはいろんなことが面倒臭いわけですな。

 

 

希望がないのに日々の生活に幸せを感じる率が高かったりするのも若者ですな。

これは「毎日が幸せだと思わなきゃやってられない」ということではなく、認知的不協和によってそう思っているだけなんじゃねぇの?という感じがしますね。

認知的不協和を説明するのによく使われる話に、「同じ作業でも賃金の安かったほうが満足度が高い」という話があります。

「どうしてクソ安い賃金でこんなことしなきゃならないんだ」と思っているのに作業を続けなければならない状況がある。その矛盾した状況に納得するために心理側が「この作業が楽しいから私は賃金が安くても作業をしているんだ」と思い込むようになるんです。

その結果として「同じ作業でも賃金のやすかったほうが満足度が高い」わけです。

嫌なのにやり続けなければならない状況を変えるには自分の考え方を変えるしかない。

そこで心理側が勝手に楽しくさせてしまうわけです。

 

希望がないのに生きている状態に納得するためには、認知的不協和の心理が作用して「希望がないけど満足です」という状況にしちゃうわけですな。

というか、若者だけじゃなくて日本全体が認知的不協和状態なんじゃないの?って感じがしますな。

認知的不協和で動く国って考えると、ディストピア感がある。

 

買いたがる脳 なぜ、「それ」を選んでしまうのか?

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