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サラダバーで結納

本当によくあるブログ。作品の感想や思ったことを書いているブログ。

テンションあげることばかり考えていた

人生においてテンションをあげることが大事だと思っていた。

楽しいことが大事でテンション上がった時が最良だと思っていた。

精神のためにはそれが重要だと思っていた。

 

 

 

でも、違った。

「楽しいことに執着するのは苦」だった。

↑の記事を読んですべてがひっくり返ったのです。

 

テンションが上がって楽しいときがあるということは、セットでテンションが上がっていないくて楽しくないときもついてきます。

ずっと楽しいなどという状況はありえません。

一分一秒でも長く楽しい状況でいたいと思うようになると、それは強烈な執着となります。

そして、心の安定はどう考えても得られない。

心の安定が得られないということは、精神が不安定ということにほかなりません。

結局、テンションをあげることを求めている限り精神の安定は得られないのです。

 

 

だから、私はテンションをあげることをやめました。

「ダンスミュージックを聞くとテンションが上がって楽しい!」

なので、ダンスミュージックをすべて削除しました。

「漫画やアニメや映画を見ると楽しい!」

だから、フィクションを摂取するのをやめました。

「スポーツをみるとテンションがあがる!」

だから、見るのをやめました。

 

たった数日ですが、それでも「なんであんなにこだわっていたんだろう」という不思議な気持ちになります。

時間と金をつぎ込んでいたのが本当に不思議になるのです。

テンションを上げることはよろしくないとわかったからすんなりやめられたのでしょう。

 

テンション上げることから離れると、欲しいものがまずなくなっていきます。

なぜなら、欲しいものはテンションをあげるためのものであるからです。

必要なものを手に入れてもテンションはあがりませんが、欲しいものはテンションがあがる。

だから、欲しいものなんてなくなります。

欲しいものへの執着がなくなり「手に入らない」ということへの不満がなくなり、楽になります。

それにしても、物欲をなくすのがこんなにすんなりできるとは思いませんでした。

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