サラダバーで結納

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だんだん知っていくと穴が見つかる

仏教の本を8冊読みました。

仏教やばいと思ったから読み始めたわけです。

私が感じたヤバさを説明するのは難しいのでやりませんが、釈迦の発見したことのヤバさに惹かれたわけでございます。

 

それで、本を読んだんです。

そうするとですね、釈迦の教えに論理が弱いところが見えるようになりまして。

そうなるとなんだか最初に感じたヤバさが薄らいできます。

 

で、次に釈迦の教えは誰でもできることだと言われているわけですが、じゃあいざ悟りを開くとなると半端無く難易度高そうなわけです。

とくに「瞑想しないと結局は知識だけで実感が伴わない」みたいな記述があって、結局誰でもできるようなものじゃないじゃねぇか!と思うわけです。

 

釈迦の発見した無常、苦、無我とか「空」とか「縁起」の話は面白いんですよ。

面白いんですが、そこから出される「こうやれば幸福になれる!」という結論がどうも強引に思えてならないわけです。

縁起の話はすべてに因果関係があるというものなんですが、だから善行すれば良いことが返ってくるみたいな話が展開されたりするんですよ。

私が読んだ本にはそういったことが書いてあったわけです。

すべてに因果関係があるからといって、善行やればいい結果が返ってくるとは言い切れないでしょ。

そこの論理性弱いですよね。

で、善行すれば何かしらの良いことが返ってくるというのを「期待」するのは欲であり執着だからよろしくない とも言うわけです。

何も期待せずに善行すれば結果としていいことが返ってくるみたいな話になるわけですよ。

こんな話をされて納得できると思うのか?と思いませんか?

なんか「保証は一切ないけどこういう心だといいよね」という話ですよね。

こんなことを本当に釈迦がしたのか?と疑いたくなる。

「釈迦の教えには論理がある」とか書いてあるのに、こういう話には論理が見当たらないんですよ。

 

無我、苦、無常、空、縁起の話には論理があるんです。

でも、そこから導き出される「こういう生き方をすると幸福になれる」って部分の論理性が弱いんですよ。

 

 

まぁ、私の仏教の知識がまだまだなのか、読み込みが浅いのか、そのあたりの可能性は高いですけれども、現段階では納得いかない部分がいくつも出てきたということでございます。

論理の弱いところや、瞑想の難易度とか、結局解脱できるやつなんてまずいないとか、そういうのが見えてきてやる気は激減ですよ。

読んでいる本が悪いのかもしれないし、実際そういうものなのかもしれないですね。