サラダバーで結納

本当によくあるブログ。作品の感想や思ったことを書いているブログ。

わっけのわからない腰痛が面倒臭い

1週間ほど前から腰痛が始まりまして。

まぁ最初はシップ貼っておけば治るだろうと思っていたんですが、治らない。

というか、最初は腰だったのに、背中だったり、脇腹だったり、背中の左側だけだったり、と場所がころころ変わる。

まぁ~面倒臭いのよ。これが。

シップ貼って30分後には痛む場所変わってんだもん。やってられない。

面倒臭い面倒臭い。

 

んで、元々の性格が影響して「わけのわからない腰痛が続くの面倒臭いなぁ。あ~死にたくなってきた」ってなるんですよ。

面倒臭いのが嫌すぎていっそのこと死にたくなる。

でも、どうせ痛いのがなくなれば死にたいという気持ちも消える。

 

元々生きたいという欲求が弱めの人間だから、痛みが続いただけで生きるの面倒臭くなって死にたくなるんですよね~。

精神が病んでいるのかもしれませんが、面倒臭い面倒臭い。

 

なんか「癌で余命半年」とか言われると生きる気になってくるとか言ったりしますけど、病気の痛み自体で生きるのが面倒臭くなってしまう私は、生きる気になれるんだろうか?

たぶん、これ以上痛いの嫌だから安楽死させてくれって頼むと思うんだよなぁ。

痛いと死にたくなるんだよね~。

これは、大腸菌O25に感染したときも思ったよ。

強烈な腹痛で便座に座ってられなかったんですよ。

そのとき、痛いの嫌だから死にたいな~って思いながら過ごしていましたよ。

だから、痛いのが続くと死にたくなるんですよね~。

治るとか治らないとか関係なくて痛いのが嫌だから死にたくなる。

 

 

それにしてもこんな記事書いているととか、どう考えてもかまってちゃんにしか思えませんね。

というか、ブログで自分語りする人は多少なりともかまってちゃんの部分があると思うんですよ。

あったっていいじゃない!って話で済む話なので、とくに掘り下げもしませんが、なんか時々今回の記事みたいなこと書きたくなるんだよね。

改めて自分を発見したから書きたくなるのかもしれないですね。

「あ~俺は、痛みが続くと生きるの面倒くさくなるタイプか~」ってことを発見したってことで。

 

あれよね。

積極的に死にたいわけじゃないけど、基本的に生きるの面倒臭いと思うタイプだから、簡単に死にたくなるのはまぁそれは仕方がないよね。

でも、リアルに死ぬことを考えるとそれはそれで怖くなるのよね。

で、そういうときは「生きることに執着するから怖くなる」ということを考えて、怖さを薄める。

そんなことを繰り返している日々ですなぁ。

 

 

と、こんな記事を書いたら少し心が軽くなったので、よしとする。

言いたいことを言う場所があるってのはいいものですなぁ。

 

 

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