サラダバーで結納

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遺伝情報残したいのに情報を捨てまくっている

生物というものは遺伝子を複製するための存在であります。

子孫を残すのは遺伝子を残すためでしかありません。

そして、遺伝子を残すということは、遺伝子に含まれている情報を残すということにほかなりません。

残したいのは「情報」なのです。

塩基配列に含まれている情報を残したいのです。

 

その情報は細胞ひとつひとつに含まれています。

髪の毛にも唾液にも含まれています。

となると、生命は一日にどれほどの情報を捨てているのでしょうか。

当たり前のように情報を捨て続けています。

生命にとって最も重要である情報を捨て続けているのです。

残したいはずの情報を捨てまくっている。

考えてみれば変な話であります。

 

 

生命は遺伝子に含まれる情報を残すための存在であります。

考えてみれば、子孫を残すことは情報を残すことであるわけですが、別段その方法に固執する理由はとくにありません。

「遺伝子に含まれる情報」を残せればよいのですから、子孫を作るという方法にこだわる必要はないのです。

 

例えば、自分の髪の毛を厳重に保管しておけばそれだけで情報を残しておくことになります。

インターネット上に自分の遺伝子配列を書き込んで拡散すれば、それで情報を残したことになります。

情報を残す手段はいろいろあるのですから、それを使って情報を残せばいいだけのことなんです。

いかにして情報を残すかということを突き詰めていくとそうなるわけです。

 

 

遺伝情報は残したい。

その方法はいくつもある。

だけれども、普段の生活では残したい遺伝情報を捨て続けている。

行うのは子孫を残すという方法のみで、しかも完璧な複製ではなく他の遺伝情報との合併という方式で行う。

実に不思議であります。

普段捨てている髪の毛のほうが自分の情報を正確に持っているにもかかわらず、子孫を残すときに用いる方法は複製ではなく合併なのです。

はっきりいって整合性がとれません。

もしかしたら、生命は完璧なコピーを作ることに興味がないのかもしれません。

 

利己的な遺伝子 <増補新装版>

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進化の存在証明

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