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「資本主義の終焉と歴史の危機」脱成長の経済システムを生み出そう

資本主義の終焉と歴史の危機 (集英社新書)

資本主義の終焉と歴史の危機 (集英社新書)

 

 利子率=利潤率が2.0%を下回る期間が10年も続いているともはや既存の経済・社会システムは維持できないという。

利潤率が低いと投資しても対してリターンがない。

もはや投資が隅々まで行き渡った。

地理的・物的空間には投資先がない。

そこでアメリカはITと金融自由化で新たな「空間」を生み出して延命をはかった。

結果としてITバブル、不動産バブルで国内がターゲットとなり格差が広がった。

 

アベノミクスのような量的緩和しても、金が国内だけで回るわけではないのはグローバルな時代にはしかたのないこと。

過剰なマネーは新興国に投資しても限界はくる。

 

「成長」をもとめればバブルが起き、バブル崩壊で信用収縮。

そしてまた次の「成長」をもとめバブルが起きる。

それの繰り返し。

もはや飽和状態となっている現状。

 

 

近代の延長上で成長を続けている限りは、新興国もいずれ現在の先進国と同じ課題に直面していく。

次に覇権を握るのは近代資本主義の土俵にのっている限り無理である。

新たな経済・社会システムを作り出した国が覇権を握るのである。

そして、それの可能性が高いのが日本だと著者はいう。

なぜなら、資本主義の限界をもっとも早く迎えているからだ。

 

 

資本主義の最終局面では、経済成長と賃金の分離が必然的な現象となる。

このままグローバル資本主義を続ければ、「雇用なき経済成長」が起きる。

経済成長を目的とする経済政策は、危機を高めることにしかならない。

 

ゼロ金利が続いているということは、近代資本主義からの卒業を示唆していると著者はいう。

「脱成長」を著者はすすめる。

だが、それは後ろ向きな意味で使っているのではなく、いまや成長主義こそが「倒錯」しているからだとのこと。

 

 

 第五章は「資本主義はいかにして終わるのか」というタイトルがついている。

資本主義の本質は富やマネーを「周辺」から「蒐集」し、「中心」に集中させることである。

グローバル資本主義は国家の内側に「中心/周辺」を生み出すシステムである。

資本主義は資本が自己増殖するプロセスなので、利潤を求めてあらたな「周辺」を生み出そうとする。

それを新興国に求めたり、国内の格差に手を付けたりするのだ。

だが、現代には「周辺」が殆ど残されていない。

そうなると、もう資本主義が立ち行かない。

 

どうすればいいのかといえば、「ゼロ成長」にするしかないのだが、それすら難しいと著者は言う。

経済を定常状態にできるのが望ましいが、1000兆円の借金や高騰する資源価格によってそれすら難しいとのこと。

とにもかくにも、近代資本主義はもう無理なので、新たな経済システムが必要。