サラダバーで結納

本当によくあるブログ。作品の感想や思ったことを書いているブログ。

発達障害だから日本人論とか興味ない

日本人論の本はいくらでも見つかります。

内容について否定も賛同もしません。

なぜなら、私は発達障害だから。

日本人ではありますが、それよりも発達障害というカテゴリに属するのでそっちのほうが自分を説明するのには的確なのです。

なので、日本人論をわざわざ知る必要がないのです。

 

発達障害の人の特徴というのはある程度似たり寄ったりしている部分があります。

個性だと思っていたものが障害の特徴でしかないということは「発達障害あるある」であるわけです。

発達障害であるということで、自分を知ることが簡単になっているのです。

発達障害の特徴を見れば当てはまることが多々あるからです。

そうなると個性などというものが果たしてあるのかどうかすら怪しくなってくるのです。

私の個性の大半が障害の特徴でしかない。

「量産化された個性」といえますが、量産化された個性はもはや個性ではない。

個性とはなにか。

発達障害だから個性が見つかりにくいのか。

いや、定型発達の人も実はたいした個性などなくて、似たり寄ったりであったりするのではないかと思う次第であります。

むしろ定型発達の人の個性が似たり寄ったりであるからこそ日本人論というもので人々を一括りにできるのかもしれません。

 結局「個性」などというものにたいした差はないのだと思っております。

「日本人論」再考 (講談社学術文庫)

「日本人論」再考 (講談社学術文庫)