サラダバーで結納

本当によくあるブログ。作品の感想や思ったことを書いているブログ。

突如、発達障害と診断されたときの衝撃

大人の発達障害と診断されたときの衝撃というのは相当なものがあった。

どういうことかというと、いままで勉強してきたわけだ。

将来のために習い事もやってきたわけだ。

いつか結婚して子供をつくると思って生きてきたわけだ。

大人になるまでずっとそういう「当たり前」を受け入れてきたわけだ。

 

発達障害と診断された瞬間、それが急に終わるんだ。

勉強や将来のためにやってきた習い事なんか何一つ役に立たなくなる。

なぜなら、障害者となった瞬間からやれる仕事は障害者枠でやれるものに限られるからだ。

給料があがるなんてことはない。月に15万稼ぐことすらほぼ無理となる。

いつか結婚とか子供とかすべてを諦める必要がでてくる。

「当たり前」だった生活をすべて捨てなければならなくなる。

昨日と今日で変わったのは発達障害と診断されたかどうかだ。

たったそれだけだ。

大人になって大人になるまでに思っていた「当たり前」をすべて捨て去らなければならい。

その衝撃は相当なものである。

 

周りの人間が給料のこと昇給のこと結婚のことを考えている時、私はそれらすべてを諦めたものとして受け止めなければならない。

たとえ専門学校でクラスでぶっちぎりのトップの成績を収めていても、発達障害と診断された瞬間から、その過去に何の意味もなくなるのだ。

中学校時代に水泳部の部長をしていたり、小学生の時に児童会の会長をしていたとしても、学級委員に推薦されたりしていても、発達障害と診断された瞬間からそれらは何の意味もなさなくなる。

水泳部で部長やってました。でも、発達障害です。

クラスでぶっちぎりの成績をとっていました。でも、発達障害です。

だから、障害者枠でしか採用してもらえなくて、月の給料も12万ぐらいが限度の生活になる。

描いてきた人生をすべて捨てて、最低限度の生活をするしか道がなくなる。

 

 

発達障害と診断されて2年ほど経つ。

最初は受け入れられなかったことも受け入れてしまった。

もう人生に期待しない。最低限度の生活で構わない。生きれなくても別にいい。

諦めた。完璧に諦めた。

それができるまでに2年かかった。

だが、受け入れた。

諦めることを受け入れた。

 

 

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