サラダバーで結納

本当によくあるブログ。作品の感想や思ったことを書いているブログ。

思い出は必要ない

記憶の中でもエピソード記憶というものがある。

一言で言えば「思い出」となるだろう。

人間というものは、この思い出がすべてと言っても過言ではない。

思い出がその人を作る。

 

ところで「思い出」は必要だろうか。

悪い思い出はとっとと捨ててしまいたいだろう。

トラウマがなくなるなら誰だってそうしたい。

いい思い出はどうだろうか。

というか、いい思い出があるからなんだというのだろうか。

思い出すたびに「いい思い出だったなぁ」と思うだけだ。

 

取るに足らない過去を大事に抱え込んでいる姿は、滑稽としかいいようがない。

だが、人は言うだろう。「その取るに足らない過去が大事なんだ」と。

他人から見れば大したことのない過去でも、本人にとって大事な過去であることが重要なのだと。

他人の思い出を馬鹿にしてはいけない、と。

そういう人に対していつも言いたいことがある。

他人の武勇伝を聞いて辟易としたことはないのか、と。

その武勇伝もその人にとってみれば大事な過去であるのだから、馬鹿にしてはいけないはずだ。

だが、聞かされる側が思うのは「馬鹿らしい」ということだろう。

他人の思い出は取るに足らないどうでもいいものなのだ。

そんなものを大事にしているのだ。

 

そして、そんなどうでもいい思い出を大事するがゆえに、過去に執着する。

過去に執着することでその過去を消したくないと思うようになり、生に執着する。

どうでもいいような過去に執着しながら、生に執着する。

ラクタを抱えながら「大事なものだから失いたくない」と言っているだけだ。

その姿はまさに滑稽である。

思い出したくもないつらい過去にサヨナラする本―――イヤな記憶はこうして消せる
 
「イヤな気持ち」を消す技術

「イヤな気持ち」を消す技術