サラダバーで結納

本当によくあるブログ。作品の感想や思ったことを書いているブログ。

目覚めたけど解放されてないからイライラする

非二元の目覚めが起きました。

それは間違いありません。

ですが、解放には至っていません。

目覚めと解放の違いを説明するのは難しいのですが、リチャード・シルベスターの本にはそのことが書かれています。

 

早く死ねたらいいね! ― <私はいない>を願う人への非二元と解放の言葉 (覚醒ブックス)

早く死ねたらいいね! ― <私はいない>を願う人への非二元と解放の言葉 (覚醒ブックス)

 

 目覚めは突如「自分がいなくなる」ということ。

ただし、すぐに現実が戻ってくる。自分が戻ってくる。

私の場合は超越体験は経験しておらず、ただ目覚めという認識の転換が起きただけ。

なので、解放はしていない。

 

この「早く死ねたらいいね」という本には目覚めの後に解放が起きるまでの1年間はつらかったという話が書いてあります。

 

今の私がまさにその状況です。

正確にいえば、<私>という錯覚がつらい状況にいます。

どうしてつらいのかといえば、目覚めは起きたので<私>がいないことはわかっているし、どうすることもできないこともわかっている。

希望がないこともわかっているし、すべてが全自動であることもわかっている。

でも、突如過去のことを思い出してイライラしたり、退屈感がでてきたりするのは変わらない。

変わらないけれども、それに対処することができないとわかっている。

対処することができないから、またイライラする。

その状況がつらいのです。

 

これはどうやらよく言われることらしい。

ということは、目覚めた人はこういうつらい状況になることが多いということだろう。

目覚めた人なんていないんだけれども。

 

とにかく<私>という錯覚には、退屈やイライラがやってきて、それに対処することができない事実にまた落胆する ということが起きています。

解放が起きるのを待つしかないのか、それとも解放なんて起きないでこのままイライラしたままなのか。

マインドが主張するのを黙って見ているしか無い。

あぁ、クソ面倒くさい。

まさに面倒くさい。

面倒くさいというマインドが発生している。