サラダバーで結納

本当によくあるブログ。作品の感想や思ったことを書いているブログ。

<私は>ワンネスに影響は与えられない

「全てはワンネス」と言われる通り、すべてはワンネスです。

椅子だろうが、空間だろうが、地球だろうが、宇宙だろうが、<私>だろうが、すべてがワンネスです。

それらをワンネスが描画しているわけです。

それで「この世」が成り立っているわけですね。

 

要するに、ワンネスが創造主で後はすべてワンネスの一部です。

<私>はワンネスによってこの瞬間に描画されているだけ。

思考や感情や意思はワンネスによって描画されているだけ。

そんな<私>がワンネスに影響を与えられるわけがないのです。

 

あなたの指にささくれがあるとします。

ささくれは指の一部です。

ならば、そのささくれが指をコントロールできますか?

ささくれが「動け」と命令して指を動かすことができますか?

できるわけがありません。

 

ワンネスと<私>の関係もこれと同じです。

ワンネスの被造物である<私>がいくら何をしようとしても、ワンネスには影響など与えられないのです。

 

ということは、どういうことになるのかといいますと、「こうすれば悟りを開ける」といろんな方法が示されますが、それらはすべて見当はずれということです。

瞑想だったり、ドラッグだったり、目覚めのために色んな方法が示されますが目覚めることはできません。

だって、あなたはささくれなのですから。

ささくれがどれだけ努力しても指は動かせないのと同じように、<あなた>がどれだけ努力しても目覚めは起きません。

 

なら、どうすれば目覚めることができるのかというと、方法はありません。

「ワンネスがワンネスに目覚めるということ」が描画されない限り起きません。

いつ起こるのかもわかりませんし、それが<あなた>に起こるかどうかもわかりません。

起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。

どうしようもないのです。

だから、目覚めを求めてもしょうがないのです。

得られる保証は一切ないのですから。

 

 

何でもないものが あらゆるものである - 無、存在、すべて -(覚醒ブックス)

何でもないものが あらゆるものである - 無、存在、すべて -(覚醒ブックス)